2009/07/25

「獄中記」佐藤優著

あわせて読みたい「国家の罠」。

「国家の罠」で検察との取り調べにおける駆け引きを書いた佐藤優がその「ムネオハウス」疑惑問題で逮捕されてから保釈されるまでの512日間の拘留生活を手記を元に綴った本。
取り調べ自体は逮捕から105日目で終了したが、
  • 鈴木宗男が保釈されるまでは出獄しない
  • 「逃亡のおそれがある」として拘留措置を更新する裁判所に保釈手続きを取らないという形で異議申し立てを行う
という筋を通したために更に407日間余計に拘留された。

奇しくも先日最高裁への上告が棄却され有罪が確定した

拘置所という物理的に自由のきかない空間の中で、弁護団や外務省後輩、同志社時代の友人などの語る相手と多岐にわたるテーマが交錯する。
そのおかげか何度読み返しても飽きない。
気になったフレーズを抜き出してみるが、これらもごく一部に過ぎない。
 さて、私は哲学専門家には二つの種類があると考えています。
 ①独自の思想を作り上げることのできる専門家。しかし、このようなオリジナリティーのある哲学者の思想はわかりにくい。
 ②自らの能力はそれほど高くないが、オリジナリティーのある哲学者の思想を専門家以外の人々にわかりやすく説明することのできる哲学専門家。
 私は生粋の哲学専門家ではありませんが、(中略)、私は明らかに②に属します。
(p.48)
このように、文中でもヘーゲルやハバーマスの考えを現在の状況に当てはめて説明を試みることが上手い。

 拘留生活も一二二日目、弁護団への手紙もこれで70通になります。この生活のリズムが完全に出来ていて、楽しい毎日を送っています。
(p.129)
文中には「楽しい」や「充実した」が頻繁に使われている。裏を返せば自由がない拘置所の中だからこそ強調されているように思える。しかし、語学、哲学、神学など知性への欲求は強いものがあり、状況を逆手にとって活用しているとも。実際B5判62冊のノートに書き続けた。

 現下、日本のエリートは、自らエリートである、つまり、国家、社会に対して特別の責任を負っているという自覚を欠いて、その権力を行使しているところに危険があります。
(p.204)
エリートの定義は特権とその引き替えの義務・責務である。これは意識付けだけの問題なのだが、皆が私利私欲に走ると意識付けをする人さえいなくなる。会社で言えば特権を与えられ義務・責任を負うのは経営者層にあたる。経営者層が私利私欲に走った会社の行く末は背任行為という会社法に照らすまでもなくつぶれるのは必至である。国の経営者層がそうならば…。

 私が付き合ったこの世界のトップエリートは異口同音に「最後の信用できるのは自分自身と親友だ」と述べていましたが、この言葉の意味も、私自身が国策捜査の対象となって初めて分かりました。
(p.207)
信用できる自分自身を構築すること、利害関係のない付き合いの重要性。

 もう少し具体的な説明を試みると、言葉の死活的重要性に関するユダヤ教の理解が重要です。質的に絶対に異なる神と人間をつなぐ唯一の手段が言葉、そしてかもの言葉を記した聖書です。そして、この言葉からどれだけ深く言葉の意味を解釈するかということが、人間にとって最重要課題となるわけです。ここから神の言葉を正しく理解するように努め、また、自分の発する言葉に対して責任を負うという倫理が出てきます。
 私が日本の政治家、外交官に対して何を物足りなく感じているかがわかってきました。自ら発した言葉に対して責任を負わない人が多すぎるのです。
(p.289)
宗教への造詣とその思索から、内面の違和感に気付く過程の表出。
言葉と宗教を違う視点で眺めると、現代に君臨する宗教は人類が言葉を上手に操れるようになるに従って発生し、聖書、教典などを通し、伝承、発展してきたたと考えることができる。言葉があったので宗教が生まれ、今に続いた。

 女の底力をキリスト教はよくわかっている。自分の力で友の窮地を救えないことがわかっている場合、本当の勇気とは怖くても見届けることだと思う。
(p.385)
岡林信康が死にゆく病床にある友人に捧げた「君に捧げるラブ・ソング」はそこに通じることに気付いた。
岡林信康は牧師の息子であり、キリスト教徒であり、著者と同じ同志社大神学部出身である。
何もできはしない そんなもどかしさと 逃れずに歩むさ それがせめての証

 政治の世界で大きな差異というものは激しい対立を作り出さない。小さな戦術的差異が深刻な抗争を引き起こすのである。
(p.429)
大きな差異は無視したり離れたりすることができるが、小さな差異は、残る部分が同じか共有しているということであり、家族(民族)や隣人(隣国)との関係や衝突にもつながるか。

 ルカーチが「立場を離れた自由な見解など存在しない」と考えたのは正しい。特に外交交渉において、立場を離れた見解は存在しない。それをいかに客観的に見せるかというのが外交(そして諜報)の技法なのである。
(p.444)
仕事にそのまま使える。逆に立場を離れた第三者的発言は無責任ともとれる。

個人的キーワードを列挙すると、
監獄(存在意義、獄中生活、拘置所職員の人間性、死刑囚)、哲学(ハバーマス、ヘーゲル)、宗教(キリスト教、キリスト教神学、ユダヤ教、イスラーム教、仏教)、民族(ナショナリズム、チェチェン)、外務省(組織、文化、後輩、不作為)、
となる。

彼の場合、支援者があり、佐藤優支援会が結成され、弁護団が組織されたのが(=経済的支援の存在)、かなり特徴的なのではないか。

2009年5月購入。

新作の「交渉術」も立ち読みレベルで面白そうであった。文庫化の折には購入する予定。

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